その⑮完結【言葉、気つけよ。もの生むぞ。もの壊すぞ。もの失うぞ】大日月地神示(後巻)

キリストの教えも、釈迦の教えも、マホメットの言葉も、誰も彼も皆々、正しくもない、間違いでもないのじゃ。

今回は神人(かみひと)著の「大日月地神示」後巻その15をご紹介します。

これまでのあらすじ

・前巻その①~⑩はこちら
・後巻その①はこちら
・後巻その②はこちら
・後巻その③はこちら
・後巻その④はこちら
・後巻その⑤はこちら
・後巻その⑥はこちら
・後巻その⑦はこちら
・後巻その⑧はこちら
・後巻その⑨はこちら
・後巻その⑩はこちら
・後巻その⑪はこちら
・後巻その⑫はこちら
・後巻その⑬はこちら
・後巻その⑭はこちら

今回は【後巻】の最後「七十一」~「あとがき」までです。

それでは、さっそく、どうぞ。
※個人的に大事なことが書かれていると思う「巻」からポイントを抜粋しています。

「七十一」の巻

「七十一」の巻は3ページにわたっていますが、ポイントとなる部分(青色)を抜粋します。

覗き見いたす者、こそこそするでないぞ。
悪しき心あるからであるぞ。頭下げられん心に慢心あるのじゃ。

悪く申す己が一番苦しみの元ぞ。
ありがたいと素直に言葉いたす者、心美しいのじゃぞ。

素直に喜び表せる人になりなされよ。
いつまでも隠れてばかりでは、まこと喜びとはならんぞ。真の友を作りなされ。心許せる親しきお人、育みなされよ。喜びとは他と共にあるのぞ。己、和すことできれば喜び広がりますぞ。

和は無慨でありますのぞ。
人と和しなされ。獣、草木、虫、山のもの川のもの海のもの、皆々愛しいとなりますぞ。友に囲まれ、友と共に世を喜びに染めなされ。うれしうれしたのしたのしありがたいありがたいと、声出して笑うて歩みなされよ。

金、金、金ではないのぞ。
魔の声ぞ。金、魔が造りたもの、人民の心縛るためにあるのじゃ。

真の幸せとは、慈しみ合う心育んだところにあるのじゃぞ。
他と和すことできれば、真の幸せとはならん。他と和すためには、他のことよく知らねばならんなぁ。

知るためには、自ら相手に近づいて笑うて話聞かねばならんのぞ。
聞く耳持たねば聞けんのう。心の耳すまして相手の心の声聞かねば仲良くなれんぞ。

笑顔、笑顔じゃ。
笑顔で心の声聞けるお人となりなされよ。幸せになれますぞ。

表に出てみなされ。
引き籠りてばかりでは、幸せにはなれんぞ。外は友で溢れておりますぞ。心の扉を開きて心の外に出てみなされよ。熱れんで良いぞ。そなたに縁ある良き人たちが待っておりますぞ。まだかまだかと待ち侘びておりますのじゃ。恋もなされ。人を好きになりなされ。人を求めなされ。

独りで良いと申すは、思い込みにしがみついておるのじゃぞ。
独りは寂しいだけであるから、独りに慣れようとせんで良いぞ。

他、悪く申して、ねたみひがみ憂うでないぞ。
皆々、己の取り違いから始まっておるではないか。被害妄想の中で孤独な主役を演じておりても、誰も喜んで観てはくれんぞ。観て喜ぶは、魔の者たちだけであるぞ。

魔の者ら喜ばす生き方、真の生き方ではないから、早う真の喜びに生きて下されよ。

まずは求めよ。

私は寂しいと声に出してみなされ。
友が欲しい、愛し合えるお人が欲しいと心の声を出してみなされ。必ず縁ある人に届けられますぞ。守護霊殿らは、ずっとその時を待ち侘びながら見守っておりますのじゃぞ。

かわるかわるかわるどんどんかわる。

うれしうれしたのしたのしじゃなぁ。

そなた、苦しんだ分、ちゃんと喜び与えられますぞ。

いよいよこれからじゃなぁ。

「七十二」の巻

「七十二」の巻は6ページあります。

悪しき思いある者、魔の足場となりて不和広げる企ていたすから気つけよ。
成りすまして紛れ込んでまいるから騙されるでないぞ。よくよく見極めて、善行へと上手く導いて下され。

悪しき思いは寂しさからじゃ。
報われぬという思い込みの残像じゃぞ。自己を否定いたし、己特別な者になりたいという顕示欲の現れでありますのぞ。自分大切に出来ぬと、自分虐めいたし苦しむのぞ。今の自分を足場に一つ一つ理解を深め、認め許し手放せよ。改心改心ぞ。

己大切に出来ぬ者、他大切には出来ぬぞ。
己に詫びよ。感謝申せよ。

一時の怒りに操られるでないぞ。
囚われ続けるでないぞ。魔の誘いじゃ。怒りに慣れると他を悪者にいたし、不和広げること、己を正当化する癖、ますます大きくするのじゃぞ。

言葉、気つけよ。もの生むぞ。もの壊すぞ。もの失うぞ。
言葉となる前に思考あるぞ。感情あるのじゃ。己が選ばねばならんのじゃぞ。選ばねば、いいように操られるぞ。しっちゃかめっちゃかにされるのであるから、魔の囁きに心許すでないぞ。

言葉、くれぐれも気つけなされよ。言葉、選びなされよ。

己を高めるとは、念言行、選ぶことでもあるのじゃ。
ゆえに、神示読みなされ。何度も何度も読みなされよ。神示、元にしなされ。腹に落とし込み、身になされ。神示、八通りに読めると申しておるが、馬鹿正直に鵜呑みにするでないぞ。

八通りとは、八つではないのじゃぞ。十人十色、百人百色じゃ。

そなた読む度に受け取り方、変わりますのぞ。
同じところ読んでも同じにはならん。千回読めば千の教え得るに等しいのぞ。己、変化し続けるものであるからぞ。

人集めいたして、人操るでないぞ。
それぞれに読んで良いのじゃから、集いて読まんでも良いぞ。縁ある者、集いても良いのじゃが、宗 教 団体の真似事は要らんぞ。

靈感、頼んでもおらんぞ。
どこぞの団体みたいに、教え盾にして人集めし、偉そうに振舞うでないぞ。そなたらがしておること、悪魔の真似事じゃ。ねばならぬと思い込み、教えに囚われて下さるなよ。すでに囚われておりますぞ。

人民、縛りつけるでないぞ。
よく考えてみなされ。足元、周り、よくよく見てみなされ。なぜ、己は人集めいたすのかな。世のため人のためと称して、人集め出来る者になりたいからではないのかな。

この神示、金儲け人儲けに使うでないぞ。
それぞれに読んで良いと申してあろうがな。己が己に読み聞かすのじゃ。己に関わりておる靈人方にも読み聞かすのじゃぞ。

世の宗教団体のあり方、間違っておりますぞ。
皆で同じことする、同じように教え読むこと、真ではないのじゃぞ。同じようにさせるやり方、悪魔らのやり方ぞ。元々皆々違うが答えであるから、皆々違って良いようにするのが、真の善の教えぞ。

ねばならんと押し付けるのは、魔の洗脳と変わらん変わらん。
魔の僕とは、そのことでもありますぞ。

各教教亡きあとの世襲、お止めなされ。
子、孫、真の分かる者生まれるとは限らんぞ。義の者とは決まっておらんのじゃ。

悪の者、生まれることよくあるぞ。
ゆえに教祖は、一人で終わりじゃ。社も寺も教会も、皆々間違っておりますぞ。時代相応に現れておるでないか。その時代に合わせたお方、お生まれになられてご活動なされておりますのじゃ。

我が宗教、宗派、教団が一番じゃと申して、頑なになりておるのは、皆々団体に洗脳されておるゆえでありますぞ。力欲しさに、金じゃ人じゃと善の仮面被りて悪行いたしておること、見透しでありますぞ。税金逃れ多いなぁ。無駄な建物も多いぞ。名挙げたさに、衣替え色替え、見かけだけお偉いさん多いのう。恥ずかしい恥ずかしい。

己、己に洗脳されておりますのじゃ。
変身願望の末の結果でありますのぞ。手放せよ。手放せば楽になりますぞ。

無宗教じゃ無神論じゃと申すお方も同じでありますぞ。
無宗教、無神論という言葉美化いたし、己の思い込みに酔うておりますのじゃ。宗教、悪ではないぞ。じゃが、善でもないぞ。個々の捉え方一つでありますのぞ。

真、一つぞ。
真、無限ぞ。四方八方、○ぞ。◎ぞ。・ぞ。囚われると分からんぞ。深い広い歓喜でありますのじゃ。

キリストの教えも、釈迦の教えも、マホメットの言葉も、誰も彼も皆々、正しくもない、間違いでもないのじゃ。

初めから良くも悪くもあり、良くも悪くもないのじゃぞ。
良くも悪くも常に変化し続けているだけでありますのじゃ。人の意識が変えるのじゃぞ。教えかき集めて、混ぜこぜのごった煮食わせて、喜ばせてきたのじゃ。当たるも八卦当たらぬも八卦、統括するための方便、作り話、神話、多いのう。時代に応じて変化してきておるのじゃぞ。

ゆえに時代相応の神人生まれさせ、真説いて聞かせてきておるのじゃ。
地の民よ、聞く耳持てるかのう。真、聞く気持ちあるかな。人の思考は、どこから来るものぞ。慣れれば、真、神の心、神の智、知るのぞ。も人も皆々神の一部、神の顕れでありますのじゃ。

この神示、世界中の民に読ませて下され。
すべての者救う書となりますぞ。神、お頼みいたしますぞ。

あとがき

「あとがき」の巻きは6ページあります。

長い間、己のうちだけでの秘め事でございましたが、心の目((視)、心の耳 (靈聴)、心の鼻 (靈臭)、心の口 (靈言)、体の動き(靈動)等の靈的体験を通じて、あらゆる靈存在と色々な対話をいたし多くを学ばせて頂いたこと、一つ一つ色々なお役目もさせて頂いたこと、これまでずっと戒めと励ましの言葉を掛けて来て下さった守護靈・指導靈様方との間に確かな信頼関係が築かれていること、何度となく死ぬ寸前から生かして下さっていることなど、過去の道のりを振り返りますと、皆々様方には当然理解しがたいこととは存じますが、私の人生における不思議な靈験はすべて事実としてあったことであり、降ろされた神示は真実であると心より断言いたすことができます。

皆々様方におきましては賛否両論あることと重々承知の上で、あえてこの書を世に出させて頂き、ご縁あります方々のお手元へ参りますことを、また後世に引き継がれますことを、切に望んだ次第でございます。

そして私は、この神示と共に皆様にお伝えいたしたいことがございます。

靈と申しますと、現実的には、我々の肉眼では見えない存在であり、現代の地球科学ではまだ証明されていないお話でございましょうが、異次元世界も異次元存在も他星の存在も確実に存在しているということです。

また守護霊・指導靈はすべての人々に関わって見守っておられるということです。現代の地球科学がまだまだ追い付いていないだけであります。教えて頂いた未来の一つですが、地球は多重次元科学の認識を深めることによって大きな進化を遂げるといいます。

ですから、人類は現次元科学に留まらず異次元科学へと意識を向けることが重要課題と言えます。

さて、これまで神示を降ろしながら靈団靈人様方と関わってきて思いますのは、色々な靈団靈人様が代わる代わる申されて来たり、靈人様同士が対話されていたり、人にだけではなく靈人様方に対し語られている箇所も多々あったり、あっちこっちと複雑ではございますがとても面白くもございます。

そしてこの世に数多くの国や企業・団体があるように、靈界にも大中小色々な靈団が存在いたし、分裂したり合併したり靈団名も変わったりと、次々変容してきた経緯もございます。天の日月の神、艮金神、ひふみの神、艮大神、ウの大神、大日月地大神と神示の中で現れます○○神とは、大中小の靈団名とお考え頂ければ分かりやすいかと思います。

かつて過去には、神示や靈言を世に降ろされた靈媒の方々が多くおられましたが、私に関わっておられます靈団は、昔より色々な宗 教 団体の開祖らとも関わりがあり、脈々と繋がりながら現在に至っているようでございます。

黒住教/黒住宗忠氏、天理教/中山みき氏、金光教/赤沢文治氏、妙靈教/山内利兵衛氏、大本教/出口ナオ氏・出口王仁三郎氏、ひかり教会/岡本天明氏、大倭教/矢追日聖氏らの指導靈団と実は同じ流れの中にあり、次々と靈団が融合いたし変化なさりながら、現在では非常に大きな靈団として存在いたしてもおります。

企業から国レベルの靈団へ大きく変わり、さらには地球規模の靈団へと変わり、そして銀河・宇宙規模の大靈団へと変わってきているのです。

一見すると滑稽な作り話のように受け取られるかもしれませんが、実はあの世とこの世は繋がっており、合わせ鏡のようなものであります。時代と共に人間社会が印々変わってゆきますように、靈界も同様、靈団靈人みな変わってきているということをご理解頂けましたら幸いです。

私は現次元と異次元双方の感覚を持ちながら、何ら恥じることなく日々を生きているシャーマン(靈媒師)の一人でございます。靈団靈人に限らず、神々の氣にも触れさせて頂き、計り知れないほどの幸福感に抱かれながら、長時間涙が溢れ続けたこともございます。心や氣で感じる世界が異次元であります。

無名で若輩者の私が、説教のようなことを申しますのも、皆々様方に対しましては、誠に恐れ多いことでございますが、何卒より多くの方々にご神意をご理解して頂き、一人でも多くの方々がそれぞれのお役目をまっとうなされ、新たなる地球時代の礎を作ってゆかれますことと、地球人類の真の覚醒がなされますことを、心より謹んでお祈り申し上げます。

今後につきましては、神示を元にいたした宗教団体を設立するような予定は一切ございません。私はこれからも己が後悔せぬようご縁頂きました皆様方に対し、必要に応じた靈言を誠意を持ってお届けさせて頂きながら、シャーマンとして歩んで参りたいと思っております。

最後になりましたが、二〇一六年十月に『大日月地神示」を出版して頂き、その後さらに続編となる神示が次々と降ろされました。

そして靈団よりこれで神示は終了となりますとの教えを頂き、改めて続編を加えて「大日月地神示」前巻、後巻として、二冊の書籍を制作し直して頂く運びとなりました。

ご尽力下さいました野草社・新泉社代表である石垣雅設氏はじめ編 集 制作に関わって下さいましたスタッフの皆様、これまでこの道を通じお引き合わせ頂きました皆々様方とのご縁と、すべてのお導きに対しまして、深く御礼申し上げます。本当にどうもありがとうございました。

今後ともお力添えご親睦頂けますよう、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
大日月地大神様、百々の神々様、守護霊・指導靈様方、まことありがたき思い奉ります。

何卒これよりも守り給え幸え給えとかしこみかしこみ申す。
皆々様方、弥栄ましませ弥栄ましませ。
うれしうれしたのしたのしありがたいありがたい。

むーうーるーうーおー神人拝

今回はここまでです。

最後までご覧いただきましてありがとうございます。
大日月地神示(後巻)はこれで完結です。

次回もまた、スピ系の神示やメッセージなどをご紹介したいと思いますので宜しくお願いします。
<億sun>