白き砂糖は甘くて美味しい偽物でありますのぞ。
今回は神人(かみひと)著の「大日月地神示」後巻その11をご紹介します。
これまでのあらすじ
・前巻その①~⑩はこちら
・後巻その①はこちら
・後巻その②はこちら
・後巻その③はこちら
・後巻その④はこちら
・後巻その⑤はこちら
・後巻その⑥はこちら
・後巻その⑦はこちら
・後巻その⑧はこちら
・後巻その⑨はこちら
・後巻その⑩はこちら
今回は【後巻】の続き「五十一」~「五十五」までです。
それでは、さっそく、どうぞ。
※個人的に大事なことが書かれていると思う「巻」からポイントを抜粋しています。
「五十一」の巻
「五十一」の巻は3ページにわたっていますが、ポイントとなる部分(青色)を抜粋します。
皆々、我良しの3が苦しみを広げておるのであるから、我良しの心、手放しなされ よ。 神に選ばれし者というもの、誰一人としておらんのであるぞ。 皆々、神の顕れでありますぞ。肉体みな、神の分身ぞ。心みな、神の心に繋がりておりますぞ。 何一つとて要らぬ生き物無いのでありますぞ。 神に愛されておらぬ人、誰一人とておらぬのでありますのじゃ。人民、近目の我良しで見るから、分からんのでありますのじゃ。 因果のままに顕れる神仕組みでありますから、皆々己を見させて頂いておりますのぞ。 分かりたか。 自由奔放に地を壊したり汚すでないぞ。 真の教えは壊さぬこと、穢さぬこと、奪わぬことでありますぞ。 地の民よ、真の教え学びなされよ。 一から学ぶとは、このことでありますぞ。悪魔らの僕となりた者らの教え、捨ててみなされよ。楽になりますぞ。 金、要らんのでありますぞ。 皆で分け合う仕組み作れば良いだけであるのぞ。人は要る分だけであるぞ。草木、虫、軟らの分は、何より大事であること学ばねばならんぞ。 悪の僕と成り下がりておるから、人民、目醒ましなされよ。 殺されて喜ぶものはどこにもおらんのぞ。手合わせれば、何殺しても許されると申す教えは、邪の教えぞ。 ゆえに今の世となりたのだ。 真の教え、皆で学びおうて下され。神示、よく読んで噛み砕いて、分かりやすく皆で話しおうて、新たな世の仕組み、創り変えて下されよ。 目覚めた人民、手繋ぎあわせて助けおうて、立て替え立て直し下されよ。 そなたらのお役目でありますぞ。命懸けて真の喜び求めて下され。靈団みなみな、お力添えいたして参りますぞ。 あっぱれ花咲く世の立て替え立て直しでありますのぞ。 生命貴ぶ世の仕組み、創りあげて参りますのぞ。 感謝、すべてに対し顕す真の教えでありますぞ。
「五十二」の巻
「五十二」の巻は6ページあります。
これからのことでありますぞ。 人は皆々改心を深め、ますます変わりますのじゃ。 これまでの植え付けられた偽りの意識が、変わりてゆきますのじゃ。 真を知り、嘘偽りから自ら離れて参りますのじゃ。 苦しみの元は、魔の僕らに人民靈人思い込まされてきたゆえであるから、嘘の類いであるから、一つずつ気つけて見直さねばならんのぞ。 悪の僕らは、己らに都合よく言いくるめることに長けておるから、皆々騙されるのも無理ないなれど、靈も人も真知らぬ者が申す言葉には、必ず違和感が顕れて来るものゆえに、よくよく感じ取りて下されよ。 真知る者の言葉には必ず光あるから、膨しき言申しておりても後々嬉しくなるものでありますぞ。 白き砂糖は甘くて美味しい偽物でありますのぞ。 皆々虜にさせて病の元にいたすのぞ。分かりたか。 人民は騙されやすいから、あっちにふらりこっちにふらり、ころころ転がって丸っこい石ころじゃなぁ。ここぞと腹決めて腰据えて学ばねば、真は脳めんのでありますぞ。右から左へ、左から右へ流されぬ意思、心に据えなされ。 あっぱれ眩しい身魂に磨かれて、うれしたのし生きられますぞ。 迷いは癖からぞ。恐れは過去の染みぞ。能書き申すは知識の埃じゃ。掃除洗濯、整理整頓、心の景色を綺麗にせねば、いつまで経ってもまこと気持ちは晴れんのぞ。 これまでに詫びてみなされ。一切に頭下げて感謝してみなされ。 生かして下さり、学ばせて下さり、ありがとうございますと、謙虚になりなされよ。自ずとうれしたのしとなる道理ぞ。 他の粗捜しばかりいたす輩は、嫌み多い喜び少ない心貧しきお方であるのぞ。 他を労り気持ちを察す心豊かな暮らし、素直に求めなされよ。 他を思いやり優しくするから仲良くなれるのだ。 他と揉め事多いのは、そなたが思いやり足らんからでありますぞ。そなた、他の粗捜しして嫌みばかり申しておらんかのう。好かれんのは好かれん理由あるのぞ。 他を愛するゆえにする説教とそうでないものの違いは、靈でも人でも自ずと分かるものでありますぞ。分からんと申すは屁理屈好きな魔の者の類いと化しておるからぞ。 愛されたければ素直に愛されたいと思いなされ。 そして、愛されるために他を大切にしなされ。他の真の幸せを願う者になりなされよ。 他と競ってばかりおっては、真の喜びは薄いのじゃぞ。 我が我がで、己かまってほしいばかりの心貧しき者は、皆に愛想尽かされ、終いには嫌われますのじゃ。 他に勝つこと、真の喜びではないのじゃぞ。 他に勝たせてやりなされ。他の喜ぶ顔観るのが真の喜びぞ。己の中に成りすまして出入りする魔に勝つことであるぞ。勝っとは、他を理解して感謝に至ることでありますのじゃぞ。喜び合うことでありますのじゃ。競い合いの世は終わるのぞ。他殺す奪い合いの教えは、終わるのじゃぞ。暫くは過去の残り香ぞ。 奪い合う世から与え合う世へと、大きく変わっておりますのじゃ。 互いを認め合い、自他共に大切にし合う真の調和の世へと、印々移り変わりておりますのじゃぞ。ゆえに他を大切に出来るお方から順に、真うれしたのし世に生きられるようになりますのじゃ。 他とは、人ばかりではないのぞ。 草木、虫、獣らすべて他ぞ。人様、他に愛される者に変わる世となりますのぞ。姿形も変わるのぞ。個々の喜びに見合うお姿に変わってゆきますのじゃ。愛され愛するゆえに喜び溢れ光輝くのじゃ。愛されんのは、そなたが意固地に心閉ざし、他に配慮出来ん我良しじゃからぞ。 笑いなされよ。 そなたの笑顔、見て頂きなされよ。他、妬むでないぞ。妬めばますます己惨めとなるぞ。嫌み申すなよ。ますます皆に嫌われますぞ。自暴自棄になりて悪に取り込まれるでないぞ。悪に成りすましても、悪魔の僕となりて家畜のように扱われるだけでありますぞ。 皆々、悪に逃げるでないぞ。悪に逃げるは容易いなれど、上には上がおりまして、苦しみが増すのみの世界であるから、皆に申しておきますぞ。 自ら死んでも終わらんのでありますぞ。 自害した者同士集いて、薄暗い深い負の感の穴の中で、互いに罵り合いもがき苦しみますぞ。 真、知らねばならんのう。真の喜び求め改心いたし、頭下げて生きる道より他無いのでありますのじゃ。 皆々、遅し早しあるなれど、真へと向かいて変わるのみでありますぞ。 頭、下げてみなされよ。償いの言葉、申しなされよ。手ついて心よりお私申してみなされ。皆々様方に頭下げて生きる道は、真のうれしたのし天晴れな未来でありますぞ。 花咲く世 心晴れやか うれしたのし良き未来 洗われる 顕れる あらー(神)われ(我)いる(居る)
「五十三」の巻
「五十三」の巻きは3ページあります。
善に成りすまし悪しきこといたす靈おるから気つけなされよ。 己、マコトに己であるかな。 思考も感情も、見極めねばならんぞ。 そなたに成りすまして、物申す者おるのぞ。 他、悪く思い、他、悪く申したなら、己、まずは疑ってみなされよ。霊媒の者、狂わされること多いから、己、疑うが常であるのぞ。忍び寄り憑依いたし囁く魔、いぞ。そなた、見極め足らんから、魔に操られ苦しくなるのぞ。 神示、読んでおるから安心ではないのぞ。 慢心、そなたにまだあるから、不和不幸となりますのじゃ。お役目いたす者、とことん学ばすぞ。腹の掃除、頭の掃除、心の洗濯させて、因縁解消 済まさせながら使いますのじゃ。掃除洗濯できておらぬと自ずと苦しむ仕組みぞ。 魔が人にしていたような虐めではないぞ。 己が己に苦しめられる道理でありますのぞ。 他、悪く申す己、小さいなぁ。学び足らんのぞ。分からんか。 他に感謝できる己にならねば、真のお役目はできんのぞ。 他の幸せ願いて生きる者でなければ、真の世の立て替え立て直しには使えんのでありますぞ。己の価値観のみ正しいと思い込まされるなよ。 小さな目、狭き心でありますぞ。 一から十、皆々良き形でありますぞ。どの数靈も違う素晴らしき形ぞ、分かりたか。己も大事じゃが、他も大事ぞ。不和となるのは、己が不和好む者と化しているからぞ。他、大切に生きられておらぬからでありますぞ。国と国も同じ道理でありますのじゃ。 我が我がのお偉いさんばかりでは、仲良くなれんのじゃ。 人民に分かりやすう説いておるのぞ。 神人を悪く申すなよ。神人は霊媒じゃ。 遭われておるお役目ぞ。足場となりて靈人らの言葉、お伝えいたすが喜びでありますぞ。人民導く大事なお役目、引き受けておりますのじゃ。分かる人民あまりに少ないなれど、何十年とお役目いたし下さっておりますぞ。人としてうれしたのし生きておりますのぞ。他の幸せ願いて誠の道歩んでおります人ぞ。 仮にお役目なくとも、他のために生きられる御難でありますのじゃぞ。 神人悪く申すは、悪く思いたいゆえでありますのじゃ。己可愛さに、神人を悪者にいたし陥れようといたす魔の僕ぞ。 良いかな。地に足つけて、うれしたのし皆のために皆と共に生きておるお人を悪く申すは、魔に操られしお人ではないかな。 一人一人心の眼しっかり見開いて、よくよく見極めて下されよ。 人、誰かが噂申すように悪者であるかな。嘘つきの罪人でありますかな。それぞれの心でお考え下されよ。悪く申すお偉いさん、多くなりてきたゆえに申しますぞ。 あら探し、綿構結構。己の心の城、落として下されよ。 悪く申すは己の鏡ぞ。 悪く申して、最後には頭下げて詫びなされよ。己の金らなさ腹から知りなされよ。あっぱ れあっぱれ改心改心のお仕組みでありますぞ。
「五十四」の巻
「五十四」の巻きは4ページあります。
我良しの靈人らが企てる悪しきことは、すべて監視いたしておるから、いずれはみな捕まるなれど、靈人一人一人改心させるのはなかなか大変であるぞ。 人民、真学ばねばいつまで経っても真分からぬし、真分からねば真の生き方出来ぬし、真学ばせたくとも学ぼうとせねば、いつまで経っても堂々巡りであるから、神人遣ってくどう申してきておるなれど、神示読める御魂もまだまだ少ないゆえ、ご縁ある人民殿、世にお伝え下されよ。 九分九風は、読まぬ聞かぬ関わらぬと教え受け入れられぬお人ばかりじゃが、一のお人、真学びて真の生き方いたせば世は変わるのぞ。 真人一人一人が足場となりて、靈団の力、次々と世に顕れて参るから変えられるのじゃ。人の力だけではどうにもならん。靈団靈人共に役目せねば真の力は出んのぞ。 悪魔らはそのことよく分かりておって、神も霊も無きものと人民に刷り込んできたのじゃから、人民騙されるのも無理ないなれど、いつまでも悪魔に騙されたままではならんから、真の教え学びて下されよ。 地の民みなみな、神示学んで下されよ。 大日月地大神大靈成からの教えぞ。宇宙からの教えであるから、ご理解下されよ。 地の民の意識変わらねば、人の世は良きように変われんのであるから、人民、目覚めさせるのにあの手この手で話し掛けてきておりますのじゃ。 神示、声出して読めば変わるぞ。 そなたばかりではなく、そなたに関わりておる靈人らもみな変わりますのじゃ。神人健仁の言葉ではないぞ。神人、靈団靈人の手足となりての靈媒ぞ。私利私欲無き綺麗な御魂でありますぞ。世の立て替え立て直しのお役担う、世の元からの靈媒の一人じゃから、嘘偽り申して人民たぶらかすような器小さき御魂ではないのぞ。 己、否定されて腹立たしいお方から見れば、あら探しいたし面潰しいたしたいのも無理ないなれど、神人悪く申すはお門違いぞ。皆のまことの幸せ願い生きておる御魂でありますのぞ。真分からず、嘘偽り申して知ったか振りで偉ぶっておってはならんぞ。魔の僕となりておることぞ。 偶像崇拝は止めなされよ。 いつまでもインチキ商売ならんぞ。魔物の家畜となりておるぞ。真学べば、嘘偽り分かるようになるから、申しておりますのじゃ。 人民、目醒まさせ真の喜び与えたいゆえに申しておりますのぞ。 分かりたか。神は何も申さん、真の神の言葉ではないと申すお偉いさんおるなれど、真の神は人民に何も申さんのぞ。 多重次元宇宙そのものが、大神ぞ。 銀河、星々、自然、森羅万象が、真の神でありますのぞ。人民に言葉申すは、靈団靈人ぞ。古より人民と語らい、人民導いて来たのは靈団靈人でありますのじゃ。ゆえに靈、人、共に参らねば真の神世に生きられんのでありますぞ。 悪魔らは、人民、僕にいたして苦しめ続け、神を穢し世を壊すことばかりしてきたなれど、時来りてもう悪事出来ぬようになりたから、人民も地の靈人らも皆々変わらねばならんのぞ。地は大きく変わらねばならん時来ておりますのぞ。地の民よ、皆々分かりて下され。地の大神の御心、言葉に代えて伝えてもおりますぞ。
「五十五」の巻
「五十五」の巻きは4ページあります。
魔物に取り憑かれると、異常な性欲、食欲、眠気、怒り、喪失感や疎外感がそれぞれ湧き出てきて、己では抑えきれなくなりますぞ。 人民、魔物の容れ物と化してしまうと、獣のようになりますのじゃぞ。 魔物に身体乗っ取られ、思考感情も己と思い込まされ、可笑しなこと申したりいたしたりするぞ。みな己の心の弱さからであり、真を知らぬゆえ、魔に魅入られるのぞ。他と不和にさせられ、他を犯すようになるぞ。 魔物は人民の苦しみを喰うて喜ぶものぞ。 魔は優しき言葉で改心するような御魂ではないゆえ、取り違いいたすでないぞ。異常な性欲顕れたら、食、正しなされよ。獣肉喰らうと獣のような欲出てきて、獣人となりてゆくのぞ。例えで申しておらんぞ。 他から奪うこと当たり前の考えとなり、物事を上か下か強い弱いで見るように成りゆく のじゃ。魔物の僕とはそのことぞ。 ますます支配欲が高まり、己の思いのままに他を従えさせたくなりますのじゃ。 思いのままにならねば、他を悪者に仕立て上げ、皆を取り込み虐めて喜ぶ魔の僕と化すのじゃぞ。嘘偽りいたすが当たり前となりて、善に成りすますことにも長けてゆきますのじゃ。 人民、悪魔知らぬから、やりたい放題やられておっても気づかんから、操り人形ぞ。 真の教え、神示に出しておるからよくよく読みて、魔、祓い浄めて下され。明びたくなったり、暴れたくなったり、壊したくなったりするのは、そなたが魔に操られておるからぞ。真の人は、心穏やかに他の幸せ願いて、うれしたのし笑うて皆と共に生きておりますのぞ。他の幸せ願い働きなされよ。 金持ちになりて遊んでおる者は、魔の家畜となりた者でありますぞ。 己さえ良ければ良いと着飾りて、食べ物喰い散らかし、あれやこれや物欲に浸るのは、外道の生き方でありますのぞ。悪魔に洗脳され落ちぶれた姿でありますのじゃぞ。 真の神の民は、皆で分けおうて助けおうて、すべてに感謝し、大いなる和の中で暮らしておりますのぞ。 今の世は悪魔らが仕向けたあべこべの世ぞ。欲張りな金持ちが威張り、人民を奴隷のように働かせ、獣殺しては喰い散らかす末法の世じゃなぁ。 仏魔に支配された僧らに貢ぎ、金で極楽買う者らで満ちておりますぞ。 恥ずかしき話じゃ。お釈迦様も嘆いておりますわい。真の教えがすり替えられたと申しておりますぞ。 仏の道、解脱の道ではないぞ。 他のために己生かし切る道ぞ。真貫く清き喜びの道ぞ。他一切を貴ぶ生き方でありますぞ。派手な袈裟下げ、装飾品に包まれ、心ない歌唄って金貰うでないぞ。どこの宗教団体も皆々似たようなこといたしておりますぞ。信者、件すでないぞ。会を止めれば地獄に堕ちるじゃの、病となるじゃの、義理返さねば神仏に紫られるだのと、嘘偽り申すでないぞ。影で集いて、幹部らは醜いの儀いたし、離れた信者に負の念送りいたしておりますのぞ。 魔の僕、多いのう。 一人残らず因縁相応に罪滅ぼしさせるから、覚悟なされよ。 己で己に苦しまされ改心させられるお仕組みでありますから、誰も恨むでないぞ。 己のツケは己で返しなされよ。 めでためでたの清めのお仕組みじゃ。
今回はここまでです。
最後までご覧いただきましてありがとうございます。
次回は「五十六」の巻きからご紹介したいと思います。
引き続き宜しくお願いします。
<億sun>





